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塾 バイトのここだけの話

もともと「年功」という言葉には、「年の功」だけでなく、年季徒弟の修業を経て一人前の熟練職人となる「年功熟練」という意味が含まれている。 年功し、熟練することによって序列が決まるというのが、年功序列のオリジナルな意味なのである。
考えてみれば、当然のことだろう。 勤続年数が昇給や昇進を決めるファクターとして有効に機能するためには、経験を積むにしたがって職務上の能力が向上するという前提が必要である。
およそすべての機能的な集団の中において、その人の能力とまったく無関係に職位や報酬が決定できるわけはない。 実際、昔は年功と熟練の度合いがほぼ同義だったから、序列も能力に応じて正しい意味でつけることができた。
ところが、いつのまにか熟練の度合いという重要なファクターが完全に欠落し、単に勤続年数だけで序列が決まるようになってしまったのである。 三種の神器を日本的雇用システムの主要な要素として指摘した一九七○年のOECD調査団も、その報告書の中で年功序列について「就職当初の何年かを除き、この制度における賃金上昇は明らかに能力の向上とはそういう国際的に見てきわめて珍しい昇給・昇進システムが成立した結果、日本の年功賃金は各国と比較してまったく異質な上昇カーブを描くようになった。
上のグラフを見ると、日本だけが極端に上昇していることがわかるだろう。 とくにイギリスは二十代でも四十代でも平均賃金はほとんど変わらないし、アメリカ・旧西ドイツ・フランスといった国々も三十代以降になると賃金上昇はほぼ止まってしまう。
それに対して日本だけが、五十代まで右肩上がりに昇給し続けているのだ。 三種の神器の最後は、企業内労働組合である。

本来、労働組合は資本家と労働者との階級対立の構造の中から生まれたものだ。 したがって、資本家とは利害が相反する立場で活動するのがそもそもの役割となる。
資本の論理に対抗する労働者の論理の主体として存在するわけだ。 ところが日本の企業内労働組合は、経営者と利害を共有している。
両者ともに「資本家の利益」という発想を持たず、同調して企業全体の利益を極大化することを最大のテーマとして掲げているのである。 資本家による搾取を最小限度に食い止めて自分たちの権利を守ろうという発想ではなく、会社が潤えば当然のこととして自分たちの給料も上がるという考え方を基本的に身につけているわけだ。
こうした労働組合のあり方が欧米の経営者にとって実に羨むべき存在であることは言うまでもない。 ドラッカーが日本の企業内組合について「生産性、品質、その他の競争力の維持・強化に役立ち、組合員の雇用と収入の確保に関することすべてについて、経営管理陣と共に働く」まさに「夢のように理想的な」組織だと語ったのも当然だろう。
経営者にとって夢のようなこの組合の存在は、これまで日本企業の経営の自由度をきわめて大きくしてきた。 いわゆる労使協調路線が、日本企業および日本経済の飛躍的な発展を後押しする重要なファクターとなってきたわけだ。
企業を取り巻く環境の構造的変化によって、今後は企業内労働組合の存在が経営者にとってデメリットに転じる公算が大きい。 皮肉なことに、経営者の自由度を逆に縛りつける要因となる可能性があるのである。
ように、これら日本的雇用システムにおける三種の神器は、まったく自然発生的に生まれ、やがて常識として定着していったものである。 そういう性質のシステムが、なぜ日本だけに成立し得たのか。
他国に同じようなシステムが存在しない以上、あらゆる社会に共通する普遍的な発生物とは考えられない。 そこには何かしら、わが国ならではの特殊な事情が存在しているはずだ。
具体的な成立要件は後述することとして、ここでは日本的雇用システムを裏打ちしている日本独特の理念について説明しておきたい。 結論からいえば、三種の神器の根底にあるのは〃家″の概念である。
この希有な雇用システムは、日本人が伝統的に持ち続けてきた「企業は家、社員は家族」という意識によって支えられているのだ。 この概念の源流は、近世封建社会における大規模な商家の経営スタイルに辿ることができる。

江戸時代の商家の身分制度を見るとわかるように、当時は親の職業を継がずに外に働きに出た場合、その奉公先の家族の一員として迎えられていたのである。 勤続年数に応じて子供←加役←若者←副支配←支配←隠居といった具合に出世していく。
まさに年功序列制度の原型がここにあるわけだ。 しかもこの出世コースに乗ることができるのは十二歳前後で雇用された「子飼い」の者に限られ、成人してから入った者は「中年者」「若者格」として別扱いされていた。
この点も、中途の入退社を例外扱いしてきたこれまでの年功序列制度と似通っている。 もちろん、昇進だけでなく昇給も年功によって決まる。
最初は仕事も使い走りのようなものだから無給で飯だけ食わせてもらい、やがて仕事を覚えるにしたがって少しずつ給金が支払われるようになるわけだ。 その給金も全額が手渡されるわけではない。
一部分を社内預金のようなかたちで家の主人が蓄えておき、暖簾分けするときに利子をつけての人生をスタートさせる資金として渡していたのである。 それだけ雇い人を家族だと考える〃家″の概念が徹底していたということだ。暖簾分けによって独立していかない場合は、五十歳まで勤め上げて隠居するという定年制も用意されていた。
さらに隠居してからも、気の向いたときに出勤する「勝手勤」と呼ばれる勤務形態が認められ、その報酬として小遣いが与えられる。 まさに現代の非常勤の取締役相談役と同じ立場である。

年功序列だけでなく、終身雇用制の原型もすでに江戸時代から存在していたということだ。 こうした〃家″の概念は、明治時代以降も「経営家族主義」と呼ばれるスタイルで引き継がれていった。
いまだに結婚式場に行くと〈○○家○○家披露宴会場〉といった看板が見られることからもわかるとおり、日本社会には〃家″の概念が脈々と流れている。 それを拡大解釈し、会社全体を疑似的家族として考えるのが経営家族主義である。
金銭によって結ばれる欧米の契約的労使関係とは異なり、家族的労使関係の場合、社員は全生活あるいは全人格的な寄与を会社に求められる。 会社はその代償として身分と生活の保障を与えるわけだ。
このシステムは日本が資本主義化のドアを開いた明治初期という貧しい時代の社会ニーズに実にマッチしていたといえる。 なにしろ社会保障制度がまったく整備されていない上に、企業に入るのは貧しい農家の次男以下ばかりという時代である。
生活することにひどく困窮していたため、なによりも食いぶちが保障されることが大きな価値を持っていた。 だからこそ、この経営家族主義が自然なかたちで社会全体に定着していったのである。
〃家″の概念をコアとしている以上、終身雇用・年功序列・企業内労働組合という三種の神器が日本的雇用システムの特徴となったのは、きわめて当然のことだといえるのである。 まず終身雇用だが、家族なのだからその縁が一生涯にわたって継続するのは当たり前である。
したがって中途退社のような事態というのは、家族関係における家出、勘当、離婚といった特殊な離別と同じくらい例外的なケースだということができる。


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